電子ピアノのメリット・デメリットを考察

はじめに

子どもの頃に親しんだピアノを再開しようと考えた際、ピアノがないと始まりません。まずは、ピアノを借りる(参考:「レンタルピアノ」で再開するメリットと留意点)という選択肢もありますが、継続の強い意志がある場合は、自分だけのピアノが自宅に欲しくなるもの。

「借りる?」「買う?」の選択肢で「買う」ことを決めたら、次の選択肢は「電子ピアノにするか? アコースティックにこだわるか?」でしょう。この選択の参考になるよう、電子ピアノのメリットとデメリットについて考えました。

なお、以下の記事は、私のような中級(チェルニー40番終了)程度の大人のピアノ再開者を想定しています。

電子ピアノ
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電子ピアノは「アコースティックの劣化版」ではない

最初に私が声を大にして言いたいことは、これ。

電子ピアノはアコースティックピアノの「劣化版」ではありません。それぞれ別の楽器です。

私が幼少の頃、「エレクトーンって、ピアノの音も出せるからすごい。得だ!」と思っていたことがありました。ですが、当然ながら、エレクトーンはピアノのような音が出せるだけで、正確にはエレクトーンの音しか出せません。

電子ピアノの音色が、アコースティックの響きに近づくことはあっても、絶対に同一になることはありません。アコースティックピアノの仮想体験=バーチャルリアリティーです。ですので、電子ピアノにアコースティックの響きを求めれば求めるほど、落胆することになります。

私は、電子ピアノは電子でしか出せない音色、例えば、フェンダー・ローズのいわゆる「エレピ」の響きこそが、本来の魅力だと思っています。

まずは「電子ピアノとアコースティックピアノは別の楽器である」という前提に立つことをおすすめします。

電子ピアノのメリット

価格が安い・メンテナンスが楽・場所を取らない

この3つは、改めて詳しく述べる必要はないでしょう。3つの中であえて、一番を選ぶなら「場所を取らない」でしょうか。

特に都心のマンション暮らしの場合、他の家電に比べても、ピアノはかなりの存在感があります。コンパクトこそが電子ピアノの強みでしょう。電子ピアノメーカー各社のラインナップを見ても、コンパクトをこだわったものがあります。電子ピアノ選びの際、省スペースにこだわり抜くのもよいかもしれません。

真夜中でも防音室なしで練習できる

会社や役所に勤めに出ている大人の場合、平日の夜、もしくは休日にピアノを弾くことになります。勤め先から帰宅して、夜、思う存分、ピアノを弾きたいと思っても、防音室がない限り長時間練習することは難しいです。そして、防音室を完備するには最低100万円程度の投資が必要です。

せっかくピアノを買ったのに弾けないことほど、残念なことはありません。電子ピアノならボリューム調整、ヘッドフォンでの練習が可能。グランドピアノを買っても、夜、そこにピアノがあるのに弾けないというのはがっかりですから。

複合的な視点で楽曲にアプローチできる

実は、私はこれが電子ピアノの強みだと思っています。ピアノのメカニズムは打楽器で、打鍵と共に音が減衰していきます。しかし、純粋にピアノのための音楽を作曲したショパンやドビュッシーの楽曲を除くと、意外にも他の楽器の音色をイメージした方が、本質を捉えやすい場合が多々あります。

一番の事例はJ.S.バッハの楽曲。バッハの時代は、まだピアノは生まれておらず、チェンバロ・クラヴィコード・オルガンが鍵盤楽器の主役。彼のクラヴィーア(鍵盤楽器)曲は、それらの楽器のために作曲されていました。ですので、「インベンションとシンフォニア」は、電子ピアノのチェンバロで響きの疑似体験をすることは、とても意味あることだと考えます(残念ながら、タッチは疑似体験できませんが)。

また、フーガも、オルガンやストリングス等、減衰しない音色で弾いてみることで、それぞれの声部の動きが「可視化(可聴化?)」することができます。私はオルガンの音色で、バッハを弾くのって結構ハマります。

モーツァルトのピアノソナタのメヌエットも、ストリングス系で弾くことで、細かいアーティキュレーションのニュアンスの違いをつかむことができます。

バッハ 平均律クラヴィーア曲集 2巻 ニ短調 フーガ 楽譜
フーガは、オルガンの音色で弾くと旋律が明瞭になる

電子ピアノのデメリット

「同時発音数」の問題

これが電子ピアノ最大の弱点でしょう。ピアノのキーは88本を同時に叩くと、88音を同時に鳴らすことができます。どんなに速いテンポで細かいパッセージを弾いても、先に弾いた音が突然消え入ることはありません。同時発音数は無限大です。

一方、電子ピアノの場合は、同時発音数が下位モデルで64音から128音、上位モデルで192から256音です。同時発音数64音の場合は、88本のキーを同時に叩いても、24本分の音は鳴りません。

左右の手の指は10本なので128音もあれば、十分なように思えます。ところが、実際にショパンの幻想即興曲やテンポの速いエチュードを、同時発音数128音の電子ピアノで弾いてみると、先に弾いた音(すなわち129音目)から消えていくのが分かります。この問題はダンパーペダルを頻繁に使用する、テンポの速い楽曲で顕著です。

ですので、中・上級者の場合は、同時発音数の限界がどうしても気になります。この弱点を補うべく、同時発音数256音の最上位モデルにしようとすると、アコースティックのアップライトピアノと同じくらいの価格、場合によってはアコースティックよりも値段が高くなってしまいます。

電子ピアノを買う際、自分の演奏水準と同時発音数のバランスは悩みどころです。ちなみに、私はチェルニー40番終了程度の演奏水準ですが、同時発音数128音では物足りなく感じます。

「倍音」が響かないこと

倍音とは「基本となる音の周波数の倍の周波数を持つ音」。アコースティックピアノでドを弾いて際、オクターブ下のド、五度上のソといった倍音が微妙に響きます。この「倍音」が、アコースティックピアノに豊かな響きをもたらします。電子ピアノには、この倍音効果がありません。

ショパンやドビュッシーの楽曲は、この「倍音」の効果を狙って作られています。電子ピアノでショパンやドビュッシーを弾くと、どうしても表現しきれない箇所が現れるのです。

ただ、アコースティックピアノの「倍音」を感じることができる“耳”があることが前提。初心者は、倍音が特に気にならなかったりするものです。

インテリアとしての質感

グランドピアノであってもアップライトピアノであっても、アコースティックピアノはインテリアとして独特の存在感があります。

「ピアノがある風景」は、ルノワールやマネら、古今の美術作家たちが、豊かな暮らしや家族のアイコンとして絵画のテーマにしてきました。木目のピアノは、そんな満足感を得ることができます。

一方、電子ピアノもデザイン性に富んだものが生産されていますが、「オーディオ」「電子機器」のイメージが拭いきれません。質感の違いはいかんともしがたいです。

グランドピアノ
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電子ピアノの弱点を克服する「共鳴音」再現技術

さて、ここまで説明すると、中・上級者の再開組は、それでも「アコースティックピアノが欲しい」と思ったのでは?

電子ピアノの弱点である「同時発音数」と「倍音」の課題を、克服に取り組んだのが、ヤマハの「VRM(バーチャル・レゾナンス・モデリング)」、カワイの「アコースティック・レンダリング」、ローランドの「ピュアアコースティック・モデリング・テクノロジー」、カシオの「AiR グランド音源(アコースティック&インテリジェント・レゾネーター」)等、最上位モデルに搭載されている技術です。

ローランドの最上位モデル「LX708」

グランドピアノの響きは、ダンパーペダルを踏んだときに、弾いたキーの弦の振動が、ほかの弦や響板へ伝わることで生まれます。これを「共鳴音」といいます。複雑に影響し合う弦や響板などの状態を最新のデジタル技術でシミュレーションを行い、アコースティックの響きを再現しています。

実際、これら共鳴音の再現技術を取り入れた最上位モデルと、そうではない下位モデルを楽器店で弾き比べてみると、音の豊かさがびっくりするほど違って聴こえます。その分、最上位モデルの価格は50万円以上と、アップライトピアノに迫る価格となっています。

ただ、中・上級者のピアノ再開組が、防音室を設置せずに、夜中、思う存分ピアノを楽しむなら、これら共鳴音シミュレーション技術を搭載した電子ピアノを、おすすめいたします。